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2013.02.27

教育再生実行会議「いじめの問題等への対応について(第一次提言案)」についての見解

 昨日(2月26日)、国の教育再生実行会議が、「いじめの問題等への対応について(第一次提言案)」を公表した。いじめの問題についてなんとかしたいという意欲は見られるものの、この提言案の方向で政策が実行されてしまうと、ますます問題が拡大深化してしまう恐れのあるものだ。

 今朝の毎日新聞朝刊には、「教育再生実行会議:道徳の教科化も 「いじめ対策」効果どこまで」という記事が掲載され、私のコメントも以下のように掲載されている。

 いじめ問題に詳しい千葉大の藤川大祐教授(教育方法学)は、道徳の教科化について「制度を変えることで何がよくなるか分からない」と指摘する。いじめが深刻化するリスクを減らすために、背景にある教師の多忙や孤立への対応が必要として「今回の提言がリスクの減少につながるとは考えられない」と批判する。

 この件についての私の見解は以下の通り。

1)道徳教育の教科化が提案されているが、従来の道徳教育が一定の徳目(生命尊重、愛国心等)を教えこむタイプのものが典型であったため、従来の道徳教育の延長として「道徳」という名称の教科を設けても、いじめ防止等にはあまり寄与せず、愛国心の強調等の方向にしか向かわない可能性がある。提言で道徳教育として提案されていることは、学級経営や社会科教育、人権教育等としてすでにかなりの程度行われており、制度を変えることによって何がよくなるのかが不明。むしろ混乱を招くだけではないか。

2)法律を設けていじめを定義しようとしているが、これまでもいじめが安定して定義されたことがない上に、当事者はいじめという認識がないことが多い。先行して行われている加害者の登校禁止措置もほとんど機能していない。いじめを定義して法律を設けることでいじめが解決すると考えることには無理がある。

3)そもそも、いじめや体罰には、教師や保護者等の「このような者は攻撃されてよい」「このような場合には暴力も認められる」といった感覚からの日常的な加担、擁護があることが問題。伊吹衆院議長の体罰容認発言が話題になっているが、こうした発言がなされてしまう大人の側の感覚を問題にすることなく、あたかも自分たちの外側に悪があり、その悪を攻撃すれば問題が解決すると考えているように見える。

4)いじめや体罰の問題の背景には、教師の多忙化がある。教師を部活や問題対応の担当から外し、常識的な労働時間の中で仕事が終えられるような体制の構築を急ぐべきだ。

5)必要なことは、いたずらに正義をふりかざしていじめという悪を攻撃するという態度でなく、いじめが発生し深刻化することにつながるリスク要因を特定し、リスクの減少をはかるという態度。具体的には、教師の多忙化、教師の孤立、特別支援教育についての無理解、同質性を求める学校文化、隠蔽体質、退屈な授業、学校広報の不足等が重要なリスク要因と考えられる。残念ながら、今回提言された内容では、こうしたリスクの減少につながるとは考えられない。

 すでに、学校や教育委員会ではいじめ等の対策について、さまざまな取り組みが進められている。そうしたことがまるで何もないかのように道徳の教科化をはじめとした大きな制度改革を進めようとすれば、学校や教育委員会はそうした改革への対応に負われ、ますます教師の多忙化が進み、さまざまなリスク要因への対応は進まない。

 以下は、1月31日に千葉県柏市議会教育民生委員会で講演したときに、議員の方々に対して最後にお話しさせていただいた内容だ。教育再生実行会議の委員各位にも、同じことを申し上げなければならない。

 互いに違いがあっても、差別がなく、互いを承認しあえるような状況であれば、いじめはなかなか生じません。
 しかし、未熟な子どもたちは、互いの異質性を認め合うことが、容易にはできません。
 だから、教師をはじめとする大人たちが、まずは自分たちで互いの異質性を認め合い、協力し合えるようになることが必要です。そうした教師が、子どもたちに、互いの異質性を認め合えるよう指導できるのです。
 誰かを責めても、問題は解決しません。唐突な「改革」は現場を混乱させるだけです。
 大多数の真摯に努力している教師が信頼され、さらに教師たちが外部と日常的にかかわり、学校が呼吸をし、代謝をするようにゆるやかに学校が変われるように、行政や地域は学校教育を支えてください。

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「教育全般」カテゴリの記事

Comments

「なんで人を殴るのか」と問えば、「態度が悪いからだ」と答える。
相手が服従の態度を示さないところが、気に入らないのであろう。
序列メンタリティに対する批判には鉄拳制裁で応ずる。
服従が足りない。当人は、やけっぱちになっている。

日本語には、階称 (言葉づかい) というものがある。
上と見るか、下と見るかの判断を迫る日本語を使えば、モノの上下に関する判断は常について回る。
この世俗的な上下感が日本人の判断を狂わせている。

理性 (理由・適当) 判断がないので、下とみられたものは、上からの暴力に抗することもむずかしい。
序列差法は礼儀作法の一環と考えられていて、無防備状態になっている。
上の者の声は、天から聞こえてくると感じられる。

「下におれ、下におれ」の掛け声は、昔から続いた為政者の要求である。
理屈はない。ただ、指導者の要求のみがある。
世俗の上下制度が唯一の頼りとなっている。
暴力は、「がんばって」の掛け声のようなものか。

序列に基づく精神力 (意気込み・気力) で、大東亜戦争に勝てるのか。
努力の空回りに気が付く時が来た。気力ではなく、知力 (intelligence) で負けた。
我々は、頭を鍛えなくてはならない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

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