Twitter

September 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Recent Trackbacks

無料ブログはココログ

教育全般

2017.09.17

日本教育工学会第33回@島根大学 発表資料

9月15日(金)から9月18日(月)まで島根大学で開催の日本教育工学会第33回全国大会ですが、一部プログラムが台風接近による悪天候のため中止となりました。

取り急ぎ、中止になった部分を含め、私たちが関係する発表の資料を順次掲載いたします。

P1a-20
小学校家庭科の被服分野を題材としたゲーム教材開発
◎遠藤 茜,長田 卓也,シスワン マユリ,田中 敦実,潤間 築(千葉大学)
抄録  発表資料

1a-603-01
企業を交流先とした小学校社会科における「子育て支援の願いを実現する政治」の遠隔授業の試み
◎小池 翔太(千葉大学),堀江 敦子(千葉大学/スリール)
抄録  発表資料

P1p-20
ネットいじめにおける脱・傍観者の視点を取り入れた授業プログラムの開発と分析
 選択と分岐を取り入れたドラマ教材を活用して
◎山本 恭輔(千葉大学),阿部 学(敬愛大学),藤川 大祐(千葉大学),谷山 大三郎(ストップイットジャパン),佐和 伸明(柏市教育委員会),青山 郁子(静岡大学),五十嵐 哲也(名古屋大学)
抄録  発表資料

P1p-48
ソーシャルメディア社会に対応した高等学校芸術科「音楽Ⅰ」における創作授業の実践と考察
 知的財産教育とメディア・リテラシーの体得的な学びを目的として
◎飯島 淳(千葉大学)
抄録  発表資料

P2p-27
確率についての探求活動を促進する授業開発
 ゲーム教材「Dice game」を題材として
◎古林 智美(千葉大学)
抄録  発表資料

P2p-29
授業というゲームにおけるプレイヤーたちの態度に応じた授業分類の試み
 バーナード・スーツの「ふざけ屋」・「いんちき屋」・「荒らし屋」論をたよりに
◎伊藤 晃一(千葉大学大学院)
抄録  発表資料

2a-201-08
教員一人一人のカリキュラム・マネジメントに向けた実践的研究
 分析・改善を意識した組織的な取り組み
○古谷 成司(富里市教育委員会)
抄録  発表資料

3a-604-02
動画教材と意見分析ツールを活用した道徳授業プログラムの開発
○藤川 大祐(千葉大学)
抄録  発表資料

以下、順次掲載します。

2017.04.30

日本における年齢別生存期待率予測(平成27年現在)

日本では乳幼児の死亡率が近年かなり低くなっている。これ自体とてもよいことなのだが、小さい子どもを亡くす経験をしている人が少なくなっており、小さい子どもを亡くした人のつらさがなかなか理解されにくくなっているという問題がある。

試みに、現代の日本人が一定の年齢まで生きられる確率はどれくらいなのかを計算してみた。平成27年の各年齢の死亡率を計算し、この年齢別死亡率が今後も変わらないと仮定した場合に、一定の年齢まで生きられる確率がどれだけであるかを検討したものである。厳密さを欠いている部分はあるが、年齢別の生存期待率は次のようになった。

(生存期待率=出生者のうち各年齢終了時点で生存が期待できる者の割合)
0歳   99.80%
10歳 99.67%
20歳 99.50%
30歳 99.09%
40歳 98.47%
50歳 97.08%
60歳 93.70%
70歳 85.94%
80歳 68.78%
90歳 31.87%
100歳 1.98%

100人生まれたら99人は30歳まで生きられる。50歳を過ぎると生存期待率は下がるが、80歳まで生きられる人が70%近い。乳幼児だけでなく50歳くらいまでは死亡率が非常に低いということがわかる。

もちろんこれは平成27年の状況による計算なので、大震災等で多くの人が亡くなるようなことがあれば、状況は大きく異なってくる。

詳しくは、以下のグラフとExcelファイルを参照のこと。

Seizon


「seizon.xlsx」をダウンロード

2015.04.10

ヨミウリ・オンライン藤川連載「ゼノンの逆説~教育の今を読む」スタート

読売新聞のサイト「ヨミウリ・オンライン」で、教育に関するコラムを連載させていただくことになりました。

連載タイトルは「ゼノンの逆説~教育の今を読む」。「今、教育をめぐる状況は絶え間なく動いている。私たちは動いているものをとらえ、その動きをよき方向へと変えていくことを求められている。古代哲学者ゼノンが言ったとされる「飛んでいる矢は止まっている」という話は、「ゼノンの逆説」と呼ばれる。このコラムでは、ゼノンのように、動いている教育の一瞬一瞬をとらえて、ささやかな方向修正を試みたい--。」というわけです。

教育に関する言説は、ともすると単純で極端になりがちです。このコラムでは「逆説」を前面に出し、できるだけ軽い文体で、教育の両義性やデリケートさを読み取ってもらえるようにしたいと考えています。短くてすぐ読めるものなので、お読みいただければ幸いです。

▽ゼノンの逆説~教育の今を読む
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/special/CO015131/

2014.08.25

成績がよい子どもは総じてリア充〜全国学力・学習状況調査を読む

 全国学力・学習状況調査の報告書が公表されました。言えることは、点数が高い子どもは総じてリア充である、ということです。朝食を毎日食べ、規則正しい生活をし、家の人とコミュニケーションをとり、自尊感情や規範意識をもっているわけです。家庭環境が安定していて、気持ちよく生活している子どもたちは、学習時間を確保でき、成績もよいのです。

 なお、興味深いのは、テレビ・ビデオ・DVD(ゲームを除く)の時間についてで、最も成績が高いのは「全く見たり、聞いたりしない」ではなく「1時間より少ない」であることです。全く見ない人は2〜3時間の人と同じくらいの成績です。一概に、メディア接触時間が少ないほど成績が高いとは言えないのです。メディア接触時間ゼロという人はそもそも少ないのでしょうが、安定した家庭ではメディア接触はほどほどということなのかもしれません。

 もちろん、家庭の状況だけで成績が決まるわけではなく、学校の教師の指導法も大きいようです。発表や話し合いの機会が多く、教師からよいところを認められ、学校に行くのが楽しいという子どものほうが、成績が高くなっています。これは、個々の要因が成績を押し上げているというより、授業に熱心な先生がいて、その先生とうまくやっている子どもは、成績が高い傾向があるということでしょう。一方向の因果関係でなく、成績が高いからこそ、教師にも認められ、学校が楽しくなるという関係もあるはずです。

 ということで、家庭でも学校でもよい状況の子どもは成績が高く、その子どもの成績がよいことで家庭や学校での状況もよくなるというように、正のスパイラルが描けていると全面的にハッピーであり、逆に負のスパイラルになってしまうと家庭でも学校でも恵まれず成績も悪いという状況になると考えられます。

 課題は、リア充と好成績のスパイラルには入れない子どもを助けることです。家庭や学校で条件に恵まれない子どもを支えることや、成績がふるわない子どもが家庭や学校でさらに悲惨になることがないようにすることが、必要ということではないでしょうか。

 今回、携帯電話やスマートフォンの利用時間と成績との関係が取り上げられており、この件で取材を受けました。「スマホなどの利用時間が長いと成績が低い」ということなのですが、スマホの利用時間と成績との相関関係を、因果関係と同一視してはなりません。スマホの利用時間が長いということは、子どもが家庭(や学校)で非リア充だということでしかないと考えられます。リア充と好成績の正のスパイラルに入れない子どもが、学習時間を確保できず(あるいは学習から逃避して)、あいた時間でスマホなどを使っているにすぎないと考えるべきでしょう。

2014.05.10

ちば生涯学習アカデミーで講演しました

 本日2014年5月10日(土)、千葉市生涯学習センターの「ちば生涯学習アカデミー」で「社会とつながる教育〜実践事例から〜」をテーマに講演させていただきました。受講生の方々が大変熱心に聴いてくださり、質問も多く出していただきました。こうした方々が、地域社会で生涯学習の担い手となっていただけることを期待しています。
 今回は、教育学研究者として私が取り組んでいることについて、具体例を入れつつも俯瞰的に話してみようと考えました。以下に資料を掲載しますので、よろしければご覧ください。

資料はこちら

Chiba_academy_2

2013.12.13

「地域を知る・地域とかかわる」資料

本日の授業「地域を知る・地域とかかわる」の資料は、こちらです。

2013.10.04

日本教育方法学会第49回大会発表資料

 10月5日(土)、6日(日)の両日、埼玉大学で開催される日本教育方法学会第49回大会(会場:埼玉大学)にて、「危機管理理の発想によるいじめ対策プログラムの検討 ―リスク要因に着⽬目した教員研修及び授業実践の開発―」というテーマで研究発表を行います。5日(土)14時〜14時30分、A210会場にて発表の予定です。

 発表で使用するプレゼンテーション資料はこちらです。(発表中に誤字が見つかりましたので、修正版を10月5日16時20分、掲載しました。)

2013.06.26

「学校と教育」2013年6月26日講義資料

 本日6月26日(水)の授業「学校と教育」の講義資料をアップします。
 受講者以外の方が見てくださってもかまいませんが、授業で話すための資料であり、基本的に補足説明が必要なものです。無断転載をご遠慮いただく等、取り扱いにはご注意いただくようお願いいたします。


「gakkyo2013a_ijime.pdf」をダウンロード

2013.06.02

第1回JEES教育シンポジウム「授業力をつけよう,若手教師たち!~若手教師を育てるしくみづくり~」藤川発表資料

 本日、椿山荘にて、第1回JEES教育シンポジウム「授業力をつけよう,若手教師たち!~若手教師を育てるしくみづくり~」を開催しております。藤川の発表資料を掲載いたします。

「JEES01.pdf」をダウンロード

2013.02.27

教育再生実行会議「いじめの問題等への対応について(第一次提言案)」についての見解

 昨日(2月26日)、国の教育再生実行会議が、「いじめの問題等への対応について(第一次提言案)」を公表した。いじめの問題についてなんとかしたいという意欲は見られるものの、この提言案の方向で政策が実行されてしまうと、ますます問題が拡大深化してしまう恐れのあるものだ。

 今朝の毎日新聞朝刊には、「教育再生実行会議:道徳の教科化も 「いじめ対策」効果どこまで」という記事が掲載され、私のコメントも以下のように掲載されている。

 いじめ問題に詳しい千葉大の藤川大祐教授(教育方法学)は、道徳の教科化について「制度を変えることで何がよくなるか分からない」と指摘する。いじめが深刻化するリスクを減らすために、背景にある教師の多忙や孤立への対応が必要として「今回の提言がリスクの減少につながるとは考えられない」と批判する。

 この件についての私の見解は以下の通り。

1)道徳教育の教科化が提案されているが、従来の道徳教育が一定の徳目(生命尊重、愛国心等)を教えこむタイプのものが典型であったため、従来の道徳教育の延長として「道徳」という名称の教科を設けても、いじめ防止等にはあまり寄与せず、愛国心の強調等の方向にしか向かわない可能性がある。提言で道徳教育として提案されていることは、学級経営や社会科教育、人権教育等としてすでにかなりの程度行われており、制度を変えることによって何がよくなるのかが不明。むしろ混乱を招くだけではないか。

2)法律を設けていじめを定義しようとしているが、これまでもいじめが安定して定義されたことがない上に、当事者はいじめという認識がないことが多い。先行して行われている加害者の登校禁止措置もほとんど機能していない。いじめを定義して法律を設けることでいじめが解決すると考えることには無理がある。

3)そもそも、いじめや体罰には、教師や保護者等の「このような者は攻撃されてよい」「このような場合には暴力も認められる」といった感覚からの日常的な加担、擁護があることが問題。伊吹衆院議長の体罰容認発言が話題になっているが、こうした発言がなされてしまう大人の側の感覚を問題にすることなく、あたかも自分たちの外側に悪があり、その悪を攻撃すれば問題が解決すると考えているように見える。

4)いじめや体罰の問題の背景には、教師の多忙化がある。教師を部活や問題対応の担当から外し、常識的な労働時間の中で仕事が終えられるような体制の構築を急ぐべきだ。

5)必要なことは、いたずらに正義をふりかざしていじめという悪を攻撃するという態度でなく、いじめが発生し深刻化することにつながるリスク要因を特定し、リスクの減少をはかるという態度。具体的には、教師の多忙化、教師の孤立、特別支援教育についての無理解、同質性を求める学校文化、隠蔽体質、退屈な授業、学校広報の不足等が重要なリスク要因と考えられる。残念ながら、今回提言された内容では、こうしたリスクの減少につながるとは考えられない。

 すでに、学校や教育委員会ではいじめ等の対策について、さまざまな取り組みが進められている。そうしたことがまるで何もないかのように道徳の教科化をはじめとした大きな制度改革を進めようとすれば、学校や教育委員会はそうした改革への対応に負われ、ますます教師の多忙化が進み、さまざまなリスク要因への対応は進まない。

 以下は、1月31日に千葉県柏市議会教育民生委員会で講演したときに、議員の方々に対して最後にお話しさせていただいた内容だ。教育再生実行会議の委員各位にも、同じことを申し上げなければならない。

 互いに違いがあっても、差別がなく、互いを承認しあえるような状況であれば、いじめはなかなか生じません。
 しかし、未熟な子どもたちは、互いの異質性を認め合うことが、容易にはできません。
 だから、教師をはじめとする大人たちが、まずは自分たちで互いの異質性を認め合い、協力し合えるようになることが必要です。そうした教師が、子どもたちに、互いの異質性を認め合えるよう指導できるのです。
 誰かを責めても、問題は解決しません。唐突な「改革」は現場を混乱させるだけです。
 大多数の真摯に努力している教師が信頼され、さらに教師たちが外部と日常的にかかわり、学校が呼吸をし、代謝をするようにゆるやかに学校が変われるように、行政や地域は学校教育を支えてください。

より以前の記事一覧